【Vol.300】ARP 2600 ~MOOGと双璧を成したセミ・モジュラー・シンセの銘機[1971年頃]
2018/11/28
機材紹介300回目の今回は、1971年(1970年の説もあり)にアープ・インストゥルメンツから発売されたシンセサイザー「ARP 2600」についてお話してみたいと思います。同社のデビューシンセ「2500」の翌年に発表され、教育機関や映画音楽の現場などで使われた当時の普及モデルであります。
その頃のMOOGシンセサイザーような仰々しいパッチングをしなくても音を出すことができる「セミ・モジュラー・タイプ」シンセサイザーであり、一方でパッチを使った複雑な音作りにも対応します。
ARP 2600/浜松楽器博物館にて撮影
今は倒産して無くなってしまったARP社のビンテージ・シンセサイザーであり、その根強い人気から2000年代にはAURTRIAから『ARP 2600 V』としてソフトシンセにて復刻も果たしましたね。なおARP社の歴史については以下の記事にまとめてありますのでご参考までに。
関連記事:「RHODES(ARP) Chroma ~【その2】発売までの経緯、およびARP社の歴史」
概要
3VCO(ノコギリ波/矩形波/パルス波/三角波/正弦波)、1VCF(ローパス)、2EG(ADSR, AR)、1VCA構成のアナログシンセサイザー。分離されている鍵盤ユニットは49鍵仕様。コンソールを一つにまとめたケース一体型(取っ手も付いてる)の筐体であり、可搬性にも優れた設計となっています。当初はモノフォニック(同時発音数1)でしたが、のちにデュオフォニック(同時発音数2)に仕様変更されました(※1)。
パッチングでの凝った音作りが可能であり、ミュージシャンのライブ/レコーディングをはじめ、映像コンテンツ(映画など)の効果音作りにも積極的に活用されました。当時のモジュラータイプ・シンセとしては珍しくスピーカー(×2)を内蔵してしたのも特徴的。
製造時期による違い
ARP 2600には製造時期によって大まかに3世代のリビジョンが存在します。各リビジョンでは主にカラーリングの違いから、マニアの間では “ブルー”、“グレー”、“オレンジ”などと通称されることがありますね。
“ブルー”(初期型)
ごく初期にわずかな台数だけ製造されたモデル。通称「ブルー・マーヴィン」(ブルー・ミーニーとも)。青色のボディはアルミニウム製のエンクロージャー(外枠)で覆われ、木製の取っ手(?)も付けられています。
その後、ボディがグレーに塗られた通称「グレー・ミーニー」というモデルもわずかですが作られました。どちらの色にしても今日では非常にレアなモデルですね。
なおこのリビジョンには、moogが特許を取得していた4極ラダーのVCF(のコピー)が採用されているのがポイント。これはARPでは「4012」というフィルター・モジュールとして呼ばれていたのですが、この4012がmoogから訴訟を起こされ、次のリビジョンではARP独自のフィルター・モジュール「4072」に変更されることとなりました。しかしこの新しいフィルターには後年欠陥が明らかになり、そのためか4012を内蔵する上記のような初期モデルの方が人気が高いなんて話もありますね。
“グレー”(中期型)
おそらく最も数が出回っていると思われるリビジョン。パネルデザインはほぼ同じなのですが、エンクロージャーのデザインが変更されています。パネルカラーは濃いグレー地に白文字のパネルを採用したものであり、前述したようにフィルター部も変更されています。
“オレンジ”(後期型)
同社の大ヒットシンセサイザー「ODYSSEY (Rev.3)」をほうふつとさせる、黒地にオレンジ文字のパネルデザインのもの。他にも様々な改善がなされているそうです。なお本リビジョンのごく最初期のロットでは、当時係争中だったにもかかわらず前述したフィルター・モジュール「4102」を搭載していたそうです(後期ロットでは「4070」を搭載)
各ブロック解説
私事ですが2017年春に浜松市楽器博物館に行ってきまして、その際展示されていたのは “グレー ARP2600”でした。その時に撮影した自前の画像を元に、主要なセクションの説明を展開してみたいと思います(簡単にね)
関連記事:「浜松市楽器博物館に行って来たった!(2017年4月某日) ~電子楽器コーナー編」
ブロック①:プリアンプ・セクション
入力信号を増幅する「PREAMPLIFIER」や、過激な音色変化が得られる「RING MODULATOR」などを搭載。リング・モジュレーターや後述するスプリング・リバーブなど、本体内にエフェクトを内蔵しているというのは当時としては非常に珍しい装備でした。
ブロック②:オシレーター・セクション
VCOは3系統であり、各VCOも独立してパネル上に配されています。なおパルスワイズ・モジュレーションができるのはVCO2のみ。あと「AUDIO/LF」と書かれた切替スイッチをLFにすれば、LFOとしても使用できるそうです。
プリアンプ・セクション(画像左)およびオシレーター・セクション×3
ブロック③:VCFセクション
VCF(フィルター)は1基のみで、-24dB/octのローパス・タイプ。5インプットのミキサーを備えており、入力した信号をミックスして、カットオフ、レゾナンスなどの倍音を調整可能。多彩な音色作りに対応します。
VCFセクション(画像左)、EGセクション(画像中央)、VCAセクション、ミキサーセクション(画像やや右)
ブロック④:EG(エンベロープ・ジェネレーター)セクション
「ADSR」タイプと「AR」タイプの2基を搭載。
ブロック⑤:VCAセクション
1系統のVCAとイニシャル・ゲインの量を決定させるスライダーで構成。
ブロック⑥:ミキサー・セクション
2系統の入力ミキサーおよび、PANスライダー、さらにREVERBERATORと書かれたスライダーがセットされており、最終的にLEFT OUTPUT/RIGHT OUTPUTジャックに流れるという構成となっています(→内蔵スピーカーからも出力される)。このREVERBERATORというのが本機内蔵の「スプリング・リバーブ」であり、独特のリバーブ効果を与えてくれました。
ブロック⑦:ノイズ・ジェネレーター
SEの爆発音として欠かせないノイズ・ジェネレーターのセクション。ピンクノイズからホワイトノイズまで無段階にニュアンスを調整することが可能です。
ブロック⑧:ボルテージ・プロセッサー
鍵盤配列のリバース・チューニングが可能になるセクション。以前本ブログでも記事にした『ジョー・ザヴィヌルと逆配列キーボードについて ~ARP2600にてリバース・チューニング』でもちょっとだけ触れています。
ノイズ・ジェネレーター(画像左)、ボルテージ・プロセッサー(画像中央)
ブロック⑨:サンプル&ホールド
サンプル&ホールドとは、トリガー入力した音色信号を記憶(サンプリング)して、次の記憶すべき信号が入力されるまで保持(ホールド)しておくこと。言葉で書くと難しいのですが、昭和的なメカ音を表現する際によく聴くアレです(笑)。これもSE的な音を作るのに有効的だったでしょう。
個人的つぶやき
ありましたよ本機も! 僕がかつてシンセ専門店に勤めていた時に確か “オレンジ”モデルが中古品として。。パッチングまでは手を出しませんでしたが、変な音をちょっとだけ作った記憶があります。。
なお本機は音楽学校などの教育現場でも使われることを考慮して開発されたらしく、そのためパネルには信号の流れが分かりやすくするための矢印などが多用されているという話を聞いたことがあります。以前本ブログでも紹介した「KORG MS-20 壁掛けモデル ~教育用に作られた激珍シンセサイザー」もそうですが、1970年代にそういった現場が存在したというのが個人的には驚きですね。。
---
※1 …初期2600が発表された当時はモノフォニック(同時発音数1)だったのだが、その数年後、本機を2ボイスにすることができるキットをかのトム・オーバーハイム氏が開発し、1975年頃からその技術を2600の標準仕様として採用した。