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その他メーカー 楽器・機材【Vol.〇〇】

【Vol.212】RHODES(ARP) Chroma ~【その2】発売までの経緯、およびARP社の歴史

2018/08/25

 今回は、Rhodesブランドで発表された「Chroma(クローマ)」というシンセサイザーの、発売までの経緯について記してみたいと思います。なおこれは前回の記事「RHODES(ARP) Chroma ~ARP社衰亡の淵から這い上がって発売されたシンセサイザー」の余談的エピソードであるので、Chromaの楽器的な情報については上記記事をご参照いただければ幸いです。

 

Rhodes Chroma

 

 まず始めにChromaは、エレクトリック・ピアノでもよく知られている「RHODES」ブランドでリリースされたのですが、そもそもはARP INTSRUMENTS社(以下ARP社)で開発が進められたシンセサイザーです。なのでChromaを知る上でARP社の歴史は外せないと思って頂き、以下記事を読み進めてもらえれば幸いです。割とコンパクトにまとめたつもりです。
 
 
 

ARP社誕生~黄金時代

 ARPは1969年にアメリカで設立された電子楽器メーカー。社名の由来は、創業者(かつエンジニア)の、アラン・ロバート・パールマン【Alan Robert Pearlman】氏の頭文字から取ったとのことです。
 
 
 同社初のシンセは、1970年発表の「2500」という大型モジュラー・システム。これはMOOGとは違う方法論から誕生したシンセであり、既に “シンセサイザー”という楽器の代名詞的な存在になっていたMOOGに宣戦布告したような恰好になりました。実際、ARPはMOOGにかなりの対抗意識を持っていたと言われています。
 
 
 そして現在でも名機の呼び声が高い、「2600」(1971年)および「Odyssey」(のRev.1。1972年)を立て続けに発表。2600はジョー・ザヴィヌルが愛用していたことでも有名なセミ・モジュラーシンセであり、小型化を実現したOdysseyは、そのリード/ベースサウンドが多くのミュージシャンに受け入れられました。
 
 関連記事:「ARP 2600 ~MOOGと双璧を成したセミ・モジュラー・シンセの銘機
 
 
 当時の大型モジュラーシンセ(MOOGやBUCHLA)は、本体に無数のパッチング・ケーブルが複雑に接続してあり、ピッチも不安定なものが少なくありませんでした。そこでARPは、手元での操作性(演奏性)を邪魔される恐れがあるパッチ・ケーブルを排し、長時間の稼働でも安定したチューニングを維持しているという高い設計技術に裏打ちされた製品群から、認知度を上げて行きます。
 
 
 実際、70年代中期頃には後発ながらシェアを獲得し、MOOGと共に「シンセメーカー2大ブランド」として認知されるまでに成長しました。
 
 
 ちなみにこの “MOOG vs ARP”の構図は、当時の音楽系マスコミも面白おかしく取り上げたりして、小型シンセの代表機種・minimoogとOdysseyはしばしば比較されていたそうですよ。
 
 
 

ARP社の斜陽(1970年代後半)

 順風満帆のように見えたARP社ですが、実は内部的には様々な問題を抱えていたそうです。そして70年代後半になると『これからはギターシンセの時代だ!(だってギタリスト人口はキーボーディスト人口よりも遥かに多いじゃん)』という理由から、ギターシンセの開発が進められました。これは「Centaur」というモデル名で、当初は新型キーボード版シンセに冠される予定だったものが、そのままギターシンセに名前が移ったらしいです。
 
 
 で結局このギターシンセは、問題点の多さや価格の高さもあって商業的に大コケ。この頃には日本のシンセ(低価格・高性能)も台頭してきたりして、ARPのブランド力も低下していきます。

 

 

 

そしてChroma(クローマ)完成

 当時、ARPとしても起死回生を狙う次世代機の開発が急務とされており、それを担う「Chroma」の開発は1979年後半頃から始まったとされたと言われています。そして何度かの開発中断を経てChromaは製品化の段階までこぎつけます。
 
 
 完成形までほぼたどり着いたものの、ARP社の末期的な財政難によりプロジェクトは頓挫してしまっており、すぐさまリリースには至りませんでした。ちなみにARP最後のシンセは「Solus」(1980年)というモデルで、Odysseyのパネルを小型化したような(薄味な)マシンでした。
 
 
 

ARP社倒産、その後のChroma

 1981年、ARPは約180万ドルという多額の負債を抱え倒産することになります。Chroma(およびARPエレクトリック・ピアノ)のデザインはわずかな額でCBS社に売却され、Chromaの開発チームもCBSに移籍することになります。
 
 
 当時CBSはギターで有名な「フェンダー(Fender)」ブランドを抱えており、そのフェンダーの鍵盤部門であるRhodesのブランド名がChromaにも冠されることになりました。確かにRhodesエレピも一部「フェンダー・ローズ」と呼ばれているモデルがありますよね。
 
 
 こうしてARP社で開発が始まったChromaは、紆余曲折を経て1982年にようやく世に出ることができました。その後「Chroma Polaris」「Chroma Polaris II」という改良型モデルを製造し、開発チームは解散します。
 
 
 ■参考文献:米KEYBOARD Magazine 1993年10月号
 
 
 

つぶやき的な

 いかがだったでしょうか。Chromaは、マイクロプロセッサー搭載のポリフォニック・シンセサイザーであり、16ボイス・マルチティンバーを装備。ベロシティにも対応する(さらにボイスのレイヤー/スプリットも)、当時としては画期的な製品として完成しました。なお、MIDI規格制定時における本機の影響も大きかったらしいですね(→特にベロシティ。本機の存在がなければ、当初のMIDIにはベロシティが規定されなかった可能性もあったと言われている)
 
 
 その後のシンセサイザーに大きな影響を与えたChroma、今日では実機を目にすることは非常にまれですが、もし見つけたら、こういったリリースまでの経緯を思い浮かべて、『どうしても世に出したかった』という当時のエンジニアの強い思いを感じてみるのもいいかもしれませんね。。
 
 
 
 関連記事(Chroma方面):
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