【Vol.211】RHODES(ARP) Chroma ~ARP社衰亡の淵から這い上がって発売されたシンセサイザー[1983年頃]
2018/11/26
今回は、Rhodesブランドが発表した「Chroma(クローマ)」というシンセサイザーを紹介してみたいと思います。発売開始時期は1982~83年頃。当時の販売価格は5,295米ドルで、その頃の日本円レートに換算すると120万円前後といったところでしょうか。当時の類似機種・Phophet-5がまだ隆盛を誇っていた頃に登場しました。
当時はシンセ界隈もアナログ~デジタルへの転換期であり、本機はMIDIはまだ搭載されていません。1984年頃まで製造されたと言われていますが、生産台数は3,000台(後述するChroma Expander含む)ほどだったそうです。
外観/操作感について
大型ボディに、木製ウェイテッド64鍵盤(ベロシティ・センシティブ付き)を備えた重厚感ある外観。なお本機のベロシティ・レベルは256段階に分かれているそうです(まあMIDIの縛りは無かったですし)
パネル上の数多くのボタン類は薄膜スイッチであり、この「一つのデータ・スライダー+たくさんの薄膜スイッチ」というデザインは、ヤマハDX7にも影響を及ぼしたと言われています。これらボタンでパラメーターを選択し、スライダーでバリュー(数値)を変化させて音色をエディットするという、その頃としては斬新なタイプの操作感だったわけです。
内部仕様について
過渡期(アナ→デジ)のシンセによく見られた、アナログとデジタルが混在するいわゆるハイブリッド・シンセサイザー。「16チャンネル・プログラマブル・ポリフォニック・シンセサイザー」ということになっていますが、ほとんどのサウンドプログラムでは1ボイスにつき2チャンネルが使用されるため、同時発音数は実質8ボイスになることが多かったそうな。
オシレーターはアナログ(VCO)、フィルターもアナログ(VCF)、アンプもアナログ(VCA)ということで全体的に温かい音色キャラクターとなっていますね。これら電圧制御のセクションとは別に、シンセサイザー・チャンネルの全体的なコントロールはソフトウェアとなっておりこの辺りの処理はデジタルです。だからハイブリッドらしいです。
また音源のバリエーションは多く、その中には周波数変調(FM)を行える設定項目もあるそうです。
前述したように本機はベロシティ・センシティブ機能を搭載しており、鍵盤タッチの強さ(ベロシティ)により様々な音色変化を行うことができます。定番のボリュームをはじめ、ピッチエンベロープ、フィルターの開き具合、はたまたFMの倍音(およびモジュレーションの深さ)などもコントロール可能といった感じですね。これは当時の、“シンセでも、生ピアノやエレピみたいにタッチの違いでノリを出したい!”というプレイヤーにとって歓迎されたと思われます。
Chroma Expanderについて
Chromaのキーボードレス版。当時の定価は3,150米ドル。とはいえChroma ExpanderもMIDIはまだ搭載されていなかったため、外部キーボードと気軽につなげられるという感じではありませんでした。
ということでExpanderは、Chromaの拡張ユニットとして使われました(→両機はD-Sub[25ピン]コネクターで接続する)。これによりChromaの16シンセサイザー・チャンネルは32に拡張します。
上の画像はExpanderをChromaの上に乗っけちゃったもの。このスタックされたChromaは、ハービー・ハンコックのライブビデオなどで確認することができます。
使用ミュージシャン
本機のユーザーとして筆頭に挙げられるのが、ジャズ・キーボーディスト(と一括りにしていいのか疑問ですが)のハービー・ハンコックではないかと思います。この人は、楽器的にはアコースティックピアノ、エレクトリックピアノ、クラビネットなどを主に弾いていたのですが、リリースされたばかりのシンセサイザーを作品に次々取り入れたりと、常に革新的なアプローチをし話題作を発表し続けてきた鍵盤界の巨人です。
1983年発売のアルバム『フューチャー・ショック』の1曲目である「ロック・イット(Rock It)」では、後半のソロ部分でChromaの独特な “シンセ・クラビネット”の音を聴くことができます。
余談ですが、この「ロック・イット」という曲はグラミー賞の「ベストR&Bインストゥルメンタル・パフォーマンス賞」を受賞しているんですよね。スクラッチを多用した非常に有名な曲なのですが、楽曲自体は今聴くとスカスカな脱力系ビートといった感じです。いや80年代当時はこういうのがかっこよかったんですよ!。この曲はのちのヒップホップ・ミュージックの方向性を決定付けたとも言われています。
ハンコック氏の話が長くなりましたが、ウェザー・リポートのキーボーディスト、ジョー・ザヴィヌルもChroma使いとして知られています。前述したハンコック御大は楽曲の要所に “コラージュっぽく”シンセ音をちりばめているケースが多いのに対し、ザヴィヌルさんは “1つの機材(の一つの音色)を、曲の中で一貫して演奏する”というスタイルが多いですね。
まとめ的な
とまあ非常に存在感のあるシンセだったとは思うのですが、いかんせん販売時期がYAMAHA DX7とかぶっていたということもあり、当時世界的にはDX7がシンセ界の話題をほぼかっさらってしまったという感じだったと思われます。巨大で高価な従来の減算方式のシンセよりも、時代は安くて軽くてきらびやかな “デジタルサウンド”を求めていたのでしょう。
Chormaの図太く滑らかなサウンドは前述したハービー・ハンコックのビデオなどで確認できます。興味のある方は映像を探してみてください。
追記
このRHODES Chomaですが、実は発売に至るまでに非常に困難な状況が続き、波乱万丈な物語があったのです。というわけで、このChromaのリリースまでの経緯について(だけ)の記事も書きました。興味のある方は読んでみて下さい。
関連記事(Chroma方面):
「RHODES(ARP) Chroma ~【その2】発売までの経緯、およびARP社の歴史」
「CHROMA Polaris ~RHODES Chromaのコンセプトを受け継いだアナログシンセ」
「CHROMA Polaris II ~Polarisが大幅コストダウンで入手しやすく![1985年]」
仕様
■鍵盤:64鍵木製ウェイテッド・アクション仕様(ベロシティ・センシティブ付き)
■同時発音数:8(または16)
■シンセサイザー・チャンネル:16 ※シンセサイザー・チャンネルとは、それぞれが1つのオシレーター、ウェーブシェイパー、フィルター、アンプで構成されたブロックのこと
■フロントパネルの操作子:薄膜スイッチ×75、データ・スライダー、プログラマブル・パフォーマンス・レバー×2、3バンドグラフィックEQ、ボリューム・スライダー、チューニング・スライダー
■発表年:1982~83年頃